温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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浦河の神社 (15) 瑞穂神社
国道235号線、荻伏市街地より野深に通づる道々248号線 野深荻伏停車場線にはいり、牧場の広がる瑞穂、小高い山の麓に鎮座しています。

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           瑞穂稲荷神社 (みずほいなりじんじゃ)

         創祀    明治14年(1881)6月
         祭神    稲荷大明神
         
         所在地   浦河町字瑞穂166番地
         社殿様式  流造
         社殿面積  3坪 
          例祭     9月12日
       由緒  
明治14年(1881) この地に入植していた開拓者が語らい、心のよりどころとして又農耕えの願いを込めて食物、農業の神である稲荷大明神を北俣荘助の所有地の先の山の上に祠を建て奉斎しました。

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明治27年(1894) 姉茶工藤美松によって奉納された額

明治27年(1894)3月15日改築され「稲荷神社」と呼ばれていました。
当時の荻伏村の氏神として住民に広く敬われ、例祭には多くの人々が集まりにぎやかな祭りが行われていました。
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大正4年(1915)9月20日 社殿が老巧化しため社殿を新築しました。
昭和13年(1938)4月 姉茶が瑞穂、姉茶、富里に分区されたため「瑞穂稲荷神社」と改称しました。

昭和31年(1956)4月12日 老巧化した社殿を改築しました。
昭和53年(1978)10月13日 社殿を200㍍下の瑞穂生活改善センター横に移転新築し鳥居を建立しました。

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   瑞穂のはじまり  
瑞穂の開拓の先覚者と云われる平井熊五郎は慶応年間に越前より浦河に移住し明治9年(1876)元浦川に転居、明治12年(1879)西姉茶(現在の瑞穂)にうつり赤松宇衛門とともに奥地の開拓にあたりました。

明治13年(1880)岩手県人北俣荘助は井寒台において漁業に従事していましたが西姉茶に移り住み、平井熊五郎と共に開拓に力をそそぎました。
稲作を試み二年後の明治15年(1882)には反当り1石の収穫をあげ、荻伏村での稲作に先鞭をつけたといえます。
  
明治24年(1891) 越前大野より多数の移住者があり開拓は進み、元浦川の度重なる氾濫による苦難にあいながらも肥沃の地えと変えて行きました。

      参考引用      浦河町史
                  瑞穂自治会長高岸氏から聞き取り     

     
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by sinanoo | 2009-10-01 21:45 | 浦河の神社
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