温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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帯廣神社
帯広市の中心、十勝支庁に隣接して帯広の流通の要となる国道38号線に面して鎮座しています。e0104596_2057796.jpg

  帯廣神社(おびひろじんじゃ)

    所在地  北海道帯広市東3条南2丁目1番地
    創祀    明治43年(1910)9月
 
    祭神    大国魂神   (オオクニタマニカミ)  北海道の国土の神
           大那牟遅神  (オオナムチナカミ)   国土経営 開拓の神
           小彦名神   (スクナヒコナノカミ)   国土経営 医薬 酒造の神
             (札幌神社「現北海道神宮」より分霊を受けた)

    例祭     9月24日
    社格     旧県社
            神社庁包括別表神社 

    社殿様式  神明造
    境内面積  7218坪
    氏子世帯数  51,500世帯

    境内社    頓宮   春日神社

e0104596_21252027.jpg    神門
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   由緒
e0104596_21363914.jpg
明治15年(1882)静岡県松崎市の依田勉三が開拓団体「晩成社」を組織し下帯広村オペリペリ(今の水光円付近)に入植しました。
依田勉三の「備忘録」によると「明治19年(1886)7月16日のこの日は明治15年(1882)はじめてこの地に来り、この日を記念して地神を祭る」とありますが、帯廣神社とのつながりははっきりしません。

昔 現在の東8条南6丁目に柏の巨木があり、大洪水におそわれたときアイヌの人々がそれに丸木舟をつなぎ助かったという由来から敬われており、その神木に「天照大神」と書いた紙を貼り、しめ縄まわして神殿にみたて、そのまわりで草競馬を開いており、これが年中行事の「帯広の祭典」になったとおもわれます。

競馬はとても人気があり住民の有志が官地を借り受け、帯広監獄の受刑者の力を借り周囲242メートルの競馬場をつくり、同時に鳥居つきの神社をたてました。

「田辺孝三日記」の記載によれば「明治28年(1895)9月23日 本日ハ秋季皇霊祭ニテ帯広市街ニ神社ヲ設ケテ祭礼アリ 並ニ競馬会アリ 土地初メテノ雑踏ニテナカナカ繁華ナリ」と記されておりにぎやかなものであったようです。

明治33年(1900)社殿と鳥居が建造されました。(35年説、37年説もありますがたびたび改修があったものとおもわれます)
明治37年発行の「帯広市街地明細地図」には東4条西10丁目辺りに「帯廣神社」と記載された神社の絵が描かれておりその南東側は競馬場のようです。

このように開拓初期の帯広では住民が心のよりどころとして祠をたてて氏神を祀り祭礼を行う、庶民性の高いものであったと思われます。

競馬場前の神社も明治37年以前のいつの頃から地域住民から「帯廣神社」と呼ばれていたようです。

明治42年(1909)競馬場拡張計画にともない神社の移転がきまり、公園予定地だった現在地に仮殿を造営し参道は晩成社からの寄付で造営しました。
翌43年氏子総会を開き神社創立願を道長官に提出し同年9月札幌神宮(現北海道神宮9に赴き分霊をうけました。

これにより「帯廣神社」はいままでの由来をすべて消し去り、庶民の氏神から明治政府の国家神道をおしすすめる国策神社として新たに創祀されました。e0104596_23565977.jpg

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   年表
     明治44年(1911)  無格社
     大正 4年(1915)  本殿 拝殿造営
         7年(1918)  郷社に列する

     昭和 5年(1930)  県社に列する
        21年(1946)  社格廃止
        35年(1960)  鎮座50周年記念祭 頓宮造営

     昭和51年(1976)  神社本庁包括別表神社
        54年(1979)  鎮座70周年記念事業として社殿造営
        55年(1980)  社務所造営

     平成 2年(1990)  鎮座80周年記念事業として参道改修
         7年(1995)  鎮座85周年記念事業として祭務所改修 
        12年(1999)  鎮座90年奉告祭
                   春日神社を境内社として移転 社殿 社務所の造営

     平成22年(1910)  鎮座100周年記念行事を計画

     境内
e0104596_031171.jpg 
  
 昭和49年(1974)北海道環境緑地保護地に指定された7000坪の境内ちには、ハルニレ クルミ サクラが自生し、エゾリス シマリス アカゲラ ムクドリ シジュウカラ等の小動物や野鳥が住みつき緑豊かな杜に訪れる参詣者にやすらぎをあたえています。
    樹齢200年のハルニレ
  お守り
e0104596_0444159.jpg 


 
 神社のお守りになかに人気のキテイちゃんのストラップつきのお守りをみつけました。

帯廣神社限定だそうで神社限定は北海道の神社ではここだけだそうです。


 依田勉三
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帯廣神社の国道をはさんだ真向かいの中島公園に明治15年(1882)開拓団体「晩成社」をひきいて下帯広村に入植し、十勝にはじめて鍬をいれた依田勉三の銅像がおかれています。

艱難辛苦の開拓が続き依田勉三は多くの事業を手がけましたが成果は得られずに昭和7年(1932)解散し晩成社50年の歴史は終わりました。

昭和16年(1941)開拓の功績をたたえ帯廣神社前に銅像がたてられました。昭和18年(1943)金属回収により軍部に接収れましたが昭和26年(1951)市民有志ににより再建されました。

昭和29年(1954)北海道神宮末社開拓神社に開拓先覚者祭神として合祀されました。
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by sinanoo | 2009-09-28 23:48 | 神社紀行
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