温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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山寺の春の花 カタクリ満開です。
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山寺の鐘楼に通じる東側の斜面に春の花カタクリが群落をつくり、春の日差しを浴びて紫の花弁を一杯にひろげています。
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# by sinanoo | 2010-05-17 17:29 | 花 木 自然
浦河桜まつり
43回優駿の里浦河桜まつりが15.16日JRA日高育成牧場内の特設会場で開かれました。
4月の下旬からの天候不順、気温が上がらずそれに日照不足で予定より一週間遅らせての開催でした。

会場内には満開に近い桜もありましたが、多くは咲き始めでしたが15.16日は晴天で気温もやや上がり桜のつぼみもふくらみ3分咲きになっていました。

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花見客は1万6000人(主催者発表)と過去最高を記録し青空の下、売店が立ち並び多くの人々で賑わっていました。
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花見客は桜の下で家族や仲間達とおもいおもいにお弁当を広げたり、バーベキューを楽しんだり、売店を回ったりカメラを片手に会場を検索しながら待ち焦がれた春を満喫していました。

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会議所青年部が用意したカニ鍋の無料サービスには大勢の人が並び、500人分のカニ汁は30分でなくなりました。

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大久保社中による野立が開かれ、桜の下での抹茶の接待に春の香りを感じていました。

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育成牧場の桜の主とよばれ、一番早くに咲く樹齢70年を越えるといわれるエゾヤマザクラ、今年も枝いっぱいに花を咲かせて満開です。
絶好の撮影スポットです。

3000本の桜並木がつづくアエル前の「優駿桜ロード」の桜はまだ3分咲きですが明日から気温が上がる予報で18日には満開になると予想されています。
ライトアップは18日までです。
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# by sinanoo | 2010-05-16 21:44 | つれづれ
やっと届いた春の香り (開花宣言)
  浦河の桜開花です。

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     5月15日 午前9時撮影

浦河の桜開花の標本木となる山寺(光照寺)の樹齢100年をこすエゾヤマザクラが数輪さきました。
開花宣言です。

平年に比べ4日、昨年に比べ10日遅い開花です。

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   5月15日 午後5時撮影

気温が10度近くまで上がり、久しぶりの太陽の日を浴びてつぼみが一斉にふくらみはじめ、枝のあちこちに花をつけました。
3、4日で満開になるでしょう。

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山寺のエゾヤマザクラの古木、山寺の手入れで100年を経ても花を咲かせています。

昨年まで生物季節観測の一つとして浦河測候所の職員が開花を観測していましたが、測候所の廃止で今年から行なわれなくなりました。
私はこの古木とこれからも関わってゆきます。





 
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# by sinanoo | 2010-05-15 18:37 | つれづれ
ファイターズ号が走る
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2007年に日高線にお目見えした日本ハムファイターズのマークをペインテングしたファイターズ号が今年も連休中優雅な姿をみせてくれました。

国道236号と並行して走る日高線。西幌別駅近くで撮ることができました。
キハ183系5000番台ディーゼル気動車の3両編成で先頭車の優雅なこと、でも乗客はまばらでした。

それにしても今年のファイターズ開幕以来最下位に低迷したまま、浮上の様子もみえません。
私のまわりのファイターズフアンのいらだちは大変なものです。
それにサッカーのコンサドーレ、バスケットのレイカムみな元気がないですね。

低迷する北海道経済、せめてスポーツで元気を与えてください。
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# by sinanoo | 2010-05-07 16:56 | つれづれ
咲かない桜 浦河桜まつり延期
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桜の開花が遅れている浦河西舎の優駿さくらロード。
8日、9日に開催予定だった浦河桜まつりが1週間遅らせ15日、16日に変更になりました。

花より団子とはいいますがやはり咲き誇る桜の下での団欒。これが一番でしょう。

ところで気になる桜の開花は、気象協会の予想が14日開花ウエザーニュースが11日開花でこのまま行くと満開の桜の下での桜まつりになるでしょう。
あとはお天気だけですね。
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# by sinanoo | 2010-05-01 13:00 | うらかわ いろいろ
10”日高山脈菜園 作男日誌(2) ハウス出現
菜園に幅6.5メートル長さ23メートルと35メートルの2棟のハウスを建設中です。

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地主さんとオーナーの意向で今年からハウスでの野菜栽培に切り替えることになりました。

昨年まで3年間湧き出してくるような石と雑草と戦い。どうやら土地も肥えて収穫量も上がってやれやれとおもった矢先の経験のないハウス栽培への転換で、業者からはハウス栽培の成否は管理が8割などと脅され、ちょっとノイローゼ気味です。

ハウスの建設は雪どけが遅れたために着工が大幅に遅れ、その上、うねりのあった畑を平坦にするためにブルトーザーをいれてはつったり埋め立てたりの大工事の末やっと骨組みができ、ビニールを張り開閉用のモーターを取り付けて完成するのは5月の中頃でしょうか。


ハウスで栽培する野菜はトマト、ナス、ピーマン、ラデッシュ.葉物に限定されるために菜園主力の大根、ジャガイモ、人参、かぼちゃは別に借り受けた畑で栽培することになりそうです。

年々年老いる作男1人で2ヶ所も管理できるのか、自信はありませんが力尽きたら投げ出す覚悟で始めましょう。
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# by sinanoo | 2010-04-29 22:29 | 菜園日誌
待ちどおしい春  浦河山寺の庭
連日の低気温、それにお天道さまが顔をださない日照不足。
育成している野菜の苗もひょろひょろと徒長気味で本葉が出ず、いつになったらポットに移植できるのかな。

久しぶりの晴れ間、いろいろな草花樹木に覆われている山寺の庭を散策して春のきざしを探してきました。

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人目につかず誰も入らない場所に群生する早春の珍味ギョウジャニンニク(通称アイヌネギ)が落葉を押しのけて芽をだしていました。

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鐘つき堂に通ずる石段の脇に樹木では最初に花を咲かせるエゾムラサキツツジの花芽がふくらんできていました。
春のきざしです。

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浦河の桜の開花の目安になる樹齢120年のエゾヤマザクラのつぼみです。

生物季節観測の一つとして40数年にわたって行なわれた桜の開花宣言も、浦河測候所の廃止で今年から行なわれなくなりました。
40年以上見守られてきたこの標準木も寂しいでしょう。
今年から測候所の職員にかわり桜の咲く時期に双眼鏡を片手に1日2回観測して、花が5輪咲いたら私的な開花宣言をします。

それにしてもつぼみは硬いまま、昨年は平年より6日早い5月5日に開花宣言がだされました。
ことしの開花は気象協会が平年より3日遅い5月14日。ウエザーニュースが5月11日。ウエザーマップが5月10日と予想しています。満開は開花日の3日後です。

浦河の桜祭りは5月8日、9日でこれから気温が大幅に上がらないがぎり咲き誇る桜を愛でることはできないでしょうね。
花より団子ともいいますからね。
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# by sinanoo | 2010-04-27 14:18 | つれづれ
10"日高山脈菜園 作男日誌 (1)
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今年も野菜作りの準備作業をはじめる時期になりました。
例年この時期雪がない菜園、いまになっても20cmの雪が残っています。
今年は平年を大幅にこえる降雪量としばれ、4月にはいってからもマイナスの気温がつづき雪どけが遅れています。

今年は美味しい野菜作りをめざして土壌改良を試みようとおもっていますが、雪が溶けず畑にもはいれません。
遅れを取り戻そうと融雪剤を散布しました。

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苗作りも昨年より2週間遅れて発芽用のビートバンに種を蒔き部屋の温度を25度まで上げて発芽をうながしています。
部屋の中はビートバンで一杯です。

今年はじめて栽培する人気のミニトマト アイコが発芽しました。トマトは光りを好むので日当りが充分でないと徒長するので日当りのよい場所に移して本葉がでたらポットに移植します。
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なす、ピーマン、ししとう、とうがらしもやっと小さな芽をだしてくれました。
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# by sinanoo | 2010-04-07 17:43 | 菜園日誌
浦河の神社 (21) 絵笛神社
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道々静内浦河線を静内方向にすすみ、絵笛川を渡り新築された絵笛生活改善センターの右手の小高い丘の中腹に鎮座しています。
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          絵笛神社 (えぶえじんじゃ)
       創  祀   明治21年(1888)2月
       祭  神   北極星と北斗七星からなる妙見神
       御神体    鏡

       所在地   浦河町絵笛555番地
       社殿面積  12坪
       境内面積  300坪
       神殿様式  神明造
 
       例  祭     9月19~20日          
        由緒
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明治21年(1888)2月但馬国(兵庫県豊岡市)より開拓のため和船に乗って62日間の航海を経て浦河港に到着し、最初に移住した江谷菊三郎、大下善太郎、谷垣善左衛門、本間与五郎、杉山常三郎の5人が「心のよりどころとしての神社創立の必要性を論じて、江谷菊三郎が移住にあたり養父郡と美方郡香美町の境にある但馬妙見山の中腹にたつ妙見宮(現日光院)より3基の鏡を拝受したこともあり、あわせ合わせ南「但馬」
から北「北海道」に移住したので北極星を祭神として奉ることにして、明治21年(1888)2月江谷菊三郎所有の裏山に祠を建立して氏神として奉齋しました。

明治29年(1896)開拓が進むにつれ移住者が37戸を数え、祠の位置が部落の上に偏っている、との意見が出たために集落の中央の丘陵地に2kほど移動してあらたに神社を建立し、絵笛神社と称しました。

拝受した3基の鏡のうち2基が紛失し、現在は1基が奉られています。

昭和56年(1981)絵笛開基100年迎えるに当たり、老巧化した神社の新築が部落の総意て決まり、翌57年(1982)10月神社の位置を約50㍍下げた現在地に社殿、集会所を建立しました。
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昭和7年(1932)1の鳥居建立 (斉藤菊治氏奉納)
昭和15年(1940)2の鳥居建立 (松田長作氏奉納)
 (写真は2の鳥居)

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奉納された額

昭和40年後半頃絵笛神社の維持管理、運営などで諸問題が山積されて浦河神社への合祀が提案され、部落全員の合意を取り付けましたが、絵笛小学校の堺町小学校への併合が決まり、一部住民から「学校、神社がなくなったら住民が集い、親睦を深める場所がなくなり、心のきずなが失われてゆく」との強硬な意見がだされて神社の存続が決まりました。

明治21年(1888)頃熊による被害が多発し、これを防ぐために絵笛からライベツ越えの絵笛側中腹に「熊の山神社」を建立しましたが、開拓が進むと共に熊による被害が減少し廃社になりました。
この熊の山神社についての詳細はわかりませんが、神社の彫刻を施した鴨居が保存されている、といいます。(森脇和夫氏談)

  例祭
創祀当時は神としての北極星を10とし、北斗七星の7を加え毎月17日を17夜待講として住民が集い故郷をしのび、意思の疎通を図ったと言われ9月17日を宵宮、20日を本祭りとしていましたが、現在では9月19日を宵宮、彼岸の入りの20日を本祭りとしています。e0104596_2242147.jpg

宵宮は生活改善センターの前庭で行なわれ、子供相撲が奉納され住民は焼肉を食べながら賑やかに団欒のひと時を過します。
子供みこしが場内をまわって喝采をあびていました。

その後住民は1キロほど離れた神社に詣で祭りを司る自治会の人達が神社に朝までつめて、住民とともに神を奉齋します。

また大晦日から新年にかけても神社につめて参拝者をまちます。

 ふるさと但馬(豊岡市)との交流
豊岡市史「北海道開拓移住」の項には「明治20年頃但馬人らが大和船に便乗し60日の航海を続け上陸、直ちに絵笛に入地、詳細不明」と記されその歴史的事実は抜け落ちたままです。

望郷の念100年。昭和53年(1978)絵笛より川越清夫さんがはじめて豊岡市の本家、川越匠さんを訪れ、絵笛移住の関係者の本家探しが始まりました。
川越匠さんは縁故者名簿の整理に東奔西走されてその多くが判明しました。

平成元年(1989)「絵笛但馬会」が結成され同年10月川越清夫さんをはじめ一行9人が但馬を訪れそれぞれの本家を訪問し「先祖の地 但馬へ」2代3代4代と引き継がれた望郷の念が実現しました。

平成5年(1993)7月「但馬 絵笛会(川越匠会長)」一行13人が100年前但馬人が入植した絵笛の大地を答礼訪問ししました。
広報「とよおか」には「初めて目にした絵笛は艱難辛苦、但馬の先人が開拓し引き継いできた広大な大地と駿馬サラブレッドの駆ける牧場を営む堂々たる人達の風景でした」と記されています。
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 交流を伝える広報「とよおか」
  平成5年9月号
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 明るい地域社会づくりに貢献したとして
 兵庫県知事より「のじぎく賞」が贈られました。
  北海タイムスより転載

 但馬学研究会
2008年1月に開かれた但馬学研究会(豊岡市にある但馬を見つめなおし但馬に住む人達に生きがいと豊かさをもたらす学究活動をする会)で「北海道絵笛を拓いた但馬人」をテーマに例会が開かれました。

そのなかから興味深い話を抜粋しました。

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絵笛但馬会の本家訪問に同道した市職員中奥薫氏の講演

それまではせいぜい手紙の交換かまったく音信不通の関係だったが本家訪問が叶い、北海道移住のいわくが刻まれた墓石にむかって慟哭されるシーンに感動した。

本家が逼塞していないか、突然の訪問で迷惑がかからないかなど不安な気持ちで来られただろうが、おおくの皆さんは感動的な対面をした。

山本晃司氏 「移住者の但馬の縁故者の思い」

平成3年川越匠さんが来宅「絵笛に親戚があるか、向こうから9人分の縁故者名簿の調べの依頼があった」とのこと。そこで調査が始まったが断りもあった。
その結果今まで年賀はがきの交流が。初めてあさぎり荘で対面できた。

対面の過程では親や先祖からなにも聞いていない。こちらの縁故者では感動が薄く儀礼的な対面のケースもあった。

私(山本)の縁故者斉藤英さんが亡くなりいまは4代目になっている。駿馬の飼育に忙しくなり4代目とは全く交流がない。

昔の話を聞いたか聞かないかで語り継ぎができるか途絶えるかになる、関心があるかないかでも違う。今自分の子供に話すと「ああそう」ぐらいにそっけない。

絵笛を訪問した時印象に残ったことは豊岡では「江谷 えたに」なのに絵笛では「江谷 ごうや」と呼び方が違っていたことの理由は豊岡を不本意な形で出てきたような状態なので、豊岡に迷惑にならないように無関係を装うために違う名乗りをしているとのこと、移住のさまざまな背景がみえるようだ。

120年間世代交代が続き開拓移民史も風化してきている。今後絵笛を訪問する機会があっても迷惑になるだろうから多分行けないだろう。

名前の呼び方を変えていることについては、祭りの夜土肥(どひ)俊彦さんからこんなお話をお聞きしました。

土肥(どひ)さんの先祖は明治24年但馬から移住しましたが先祖をたぐると、伊豆から戦国時代に落ち武者として但馬の山奥に逃げ込んだといい、伊豆では「土肥 どい」と名乗っていましたが但馬では「土肥 どひ」と名乗りこれも伊豆の縁故者に迷惑がかかることを恐れてのことだろう。とのことで「江谷 ごうや」に通ずるものでしょう。

         参考引用文献  繒笛開村50年誌 絵笛開基百年記念誌 新浦河町史
         川越清夫氏  土肥俊彦氏  森垣和夫氏 からの聞き取り
         
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# by sinanoo | 2010-02-15 23:40 | 浦河の神社
公有地の神社違憲判決に思う
先月最高裁で公有地を無償で使わせるのは政教分離を定めた憲法に反する、との判断が示され自治体にとまどいが広がっています。

政教分離の原則は戦前、国家神道を精神的な支柱として戦争への道を突き進み、神社参拝が強要され、信教の自由もうばわれました。
そんなにがい苦しみの体験のもとに政教分離の原則が憲法20条、89条にもりこまれました。

今回の判決は砂川市の空知太神社が市有地を無償で使っている問題で2審の札幌高裁では、違憲とし「違憲状態を解消するには「鳥居や祠などの撤去」が必要としたのに対し「撤去は地域住民の宗教活動を困難にして土地の取得や有償での提供もありうる」として現実的に取り組むよう札幌高裁に差し戻しました。

浦河町も含め北海道では開拓期に各地から入植した人々がふるさとからから分霊を受け、あるいは神札受けて心のよりどころとして建立した神社が多く今回の判決は「道内のそういった歴史」を理解していないのではないか、とおもいます。

戦前国家権力が推し進めた国家神道は、古来からの神道とは別のものであったということを認識しなければならないと思います。

ましてや最近の日本人の宗教観は結婚式はキリスト教、葬式は仏教、正月には神社参りと無節操と思うくらい多様化しています。
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浦河町では5つの神社が町有地に建っています。
私はこの数年、浦河に建つ23の神社を訪ね歩いて神社の開祀、開拓期からの変遷、祭りの実状などを調べてきました。
浦河の神社の多くは年1回または2回の例祭の日に旧郷社「浦河神社」から神官を招き大祓詞(おおはらえのことば)を奏上しますが、神社や生活館などに住民が集まり食べたり飲んだりして祭りを楽しむコミニュケーションの場となっており、宗教性はきわめて希薄です。
神社の運営や祭事は浦河神社は別として特定の氏子集団ではなく自治会が主体になって行なわれております。

浦河町の行政も対応に苦慮することでしょうが、差し戻し審の判断をふまえて地域の伝統的な習慣を憲法の大原則とどのように調和させるか、いまでも神社の保守管理にかかる多大な費用の捻出に苦慮している地域住民に、これ以上の経済的負担をかけないようにしてもらいたいものです。

今回の判決は日ごろ暮らしの中で不思議とは思わないことにも「憲法が定める大事な原則が宿らねばいけない」そんなことを教えられた判決でした。
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# by sinanoo | 2010-02-13 17:38 | 浦河の神社