温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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冬至(とうじ) あれこれ
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冬至の日の夕日
今年の冬至は21日。 あいにく曇り空で撮影できず22日の日の入りの写真です。
日の入りは16時です。

12月21日は二十四節気の一つ冬至でした。 この日北半球では太陽の高さが1年中で最も低くなり、そのため昼は1年中でいちばん短くなり、夜が長くなります。

浦河ではこの日、日の出が6時54分日の入りが16時で、昼の長さは9時間6分でちなみに昼が1番ながい夏至(6/21 )は日の出が3時53分、日の入りは19時9分で昼の長さは15時間16分で6時間余の差があることになります。

1年で日の出時刻が最も遅い日、日の入り時刻が最も早い日と冬至の日とは一致しません。
浦河で日の出時刻が最も遅い日は1月3日の6時58分、日の入り時刻の最も早い日は12月8日の15時57分でともに冬至の日より半月位前後しています。

e0104596_16231087.jpg冬至の日に「ゆず湯」に入る風習があります。
ゆず湯に入ると肌がすべすべになり美肌効果があり、冷え性に効くとも云われていますが、なによりも体が温まって風邪をひかないと云われ、柚子の香りがいいのでアロマテラピーのリラックス効果もあるでしょう。

ものの本によると冬至のよみは(とうじ)で、湯につかって病をなおす「湯治(とうじ)」にかけているそうで、柚子(ゆず)も「融通(ゆうずう)」できますようにとの願いが込められているそうです。

e0104596_16391754.gif冬至にカボチャを食べると病にならない、厄除けになる、といわれています。実際カボチャにはカロチンやビタビンが多く含まれています。
冬になると生野菜がなくなり、ビタミンの供給源が不足した時代にカボチャは貴重な食べ物だったといえます。


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  冬至梅(とうじばい)
冬至の名がついた梅で1番早くに咲きます。盆栽などでは12月下旬には花を付ける春を呼ぶ梅です。
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by sinanoo | 2008-12-23 16:57 | つれづれ
クリスマス
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町内にある寺院の境内にクリスマスを祝う電飾が飾り付けられていました。
電飾の右側にみえる像は親鸞上人です。

年末になるとクリスマスを祝い、正月飾りを飾り、大晦日には除夜の鐘をつき、元旦には神社詣でをする。「神仏はいいとしても、信じてもいないキリスト教のクリスマスを何で祝うの」
日本人は宗教的に無節操だからと年末になるとこんな話が繰り返されます。

しかし日本人はキリスト教の安息日である日曜日を休んでいるわけで、この時点でキリスト教に足を踏み入れていることになります。

クリスマスはイエスキリストの降誕(誕生日)を祝う行事と云われていますが、聖書ではキリストの誕生日は特定されていません。
クリスマスは日がもっとも短い冬至の日に、太陽の再生を願う太陽神崇拝の古代信仰とキリスト教とを結んだものがクリスマスと云われています。

日本の風俗には西欧から由来したものが多く、ことにキリスト教からの由来が多いのですが、イスラム教からの由来などが日本の風俗になったもので、宗教とは教義でもあるのですが風俗生活習慣でもあるわけす。

要は私達が取り入れたのは風俗としてのクリスマスで教義ではないわけです。
ですから寺院の境内にクリスマスツリーが宗派の開祖の像のそばにかざられていても、風俗と考えれば許されることなのです。

あまり難いことは云わずに、イヴには子供や孫達にプレゼントをあげたり、奥さんや恋人と食事をしてクリスマスケーキをたべたり、友人同士で無頓着にどんちゃん騒ぎをしてもいいでしょう。
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by sinanoo | 2008-12-20 18:18 | つれづれ
12月恒例 「シャンソンの夕べ」
 人権と女性の地位を高める奉仕活動をしている、国際ソロプチミスト浦河主催の「シャンソンの夕べ」が14日浦河文化会館ふれあいホールで開かれました。

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浦河では生のシャンソンを聴くことのできる演奏会はこの演奏会だけで、待ち望んだ250人を超すシァンソンフアンが集まり、ワイン、お茶、おつまみをかたてに聴きほれていました。

出演は野田秀樹が率いて人気のあった「夢の遊眠社」を経て、ライヴ、TVのバラエテェー、司会などで活躍するマルチタレント大野ちかさんの唄と、浦河ではおなじみの苫小牧在住の千葉昭治さんのピアノと唄でした。

曲はもののけ姫、キャバレー、キャッツ、I laov youなど新しいシャンソンを楽しいトークを交えて聞かせてくれました。アンコールでは昨年の出演者佐々木秀美さんが歌い喝采をあびた「ろくでなし」で来場者の手拍子とともにおおいに盛り上がりました。

来場者は比較的年齢が高く、1970年以前に流行したシャンソンの名曲を期待するむきもあり、わたしもを含めちょっと残念でした。

 シャンソンのこと
シャンソンはフランス語で歌の意味でイタリアのカンツォーネとおなじ語意です。私はシャンソンはフランスの歌謡曲だと思っていたのですが、日仏シャンソン協会のWebサイドによると「すくなくともフランス語圏においてはシャンソンは歌全体を意味し、特定のジャンルの楽曲を指すものではなく民謡からオペレッタ、さらにロック、ラップまでフランス語の詩のついた唄はシャンソンと称する」とありました。
英語の詩で歌われていた「オーシャンゼリゼ」はフランス語の詩がついてシャンソンと認められています。

一般には1970年以前に流行したフランスの歌全体をシャンソンと呼ぶことが多く、ピアフのバラ色の人生、愛の賛歌、アダモの雪が降る、イブモンタンの枯葉、ダミア、フレールの暗い日曜日、聞かせてよ愛の言葉などの名曲をおもいうかべます
シャンソン全盛の1900年代後半銀座にあったシャンソン喫茶「銀巴里」(1990閉店)では丸山明宏、戸川昌子、大木康子などが競い合って歌っていました。
芦野宏、高英夫、岸洋子、石井好子、越路吹雪など一世をふうびした歌手がテレビ、ラジオ、ライブなどでシャンソンを聴かせてくれていました。

1900年の終わりごろから新しく台頭してきた音楽のジャンルにおされてあまり耳にすることが少なくなってきましたが、シャンソンルネッサンス(日本における新しいシャンソンの普及、紹介の活動)が行われています。
シァンソニエというシャンソンの生演奏がきける店も健在で札幌すすきのにある「銀巴里」苫小牧の「ペペルモコ」など多くのシャンソンフアンが集まっています。

 提案です
演奏会の運営はソロプチミスト浦河の15人の会員の方があたっているいるとのことですが、これだけの規模の演奏会をスムースに運営進行することは大変なご苦労があるものとおもいます。
これからもこの「シャンソンの夕べ」はながく続けていって欲しいものです、そのためには若い人達の応援を期待します。

250人も集まるシャンソンのライブはあまり例をみません、会場は満席で移動するのも大変なようすで、ゆったりとシャンソンを楽しんでもらうためには、会場構成を再考する必要があるのではないでしょうか。観客席の照明が明るいので後ろの席にいると観客の顔をみながらステージをみる形になり、ちょっと興醒め、観客席の照明をもっと落として、ステージの照明をあげるとライブ本来の雰囲気がでるのではないでしょうか。

シャンソンを愛するもののせつなる提案です。
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by sinanoo | 2008-12-17 17:03 | LIVE
LIVEさらべつ LA天寿(ラテンス)
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12/9十勝更別村社会福祉センターでLA天寿のライブがあり、ラテン(VO)のやまもと きょうこさんそれにモヒカーノ関ラテンジャズ4重奏団やSugar Clubuなどで浦河に来演した(やんちゃにみえてすごく繊細?な・・・・・フアンの言葉です)高橋ゲタ夫(B)さんが出演すると知り、足のない私としては思案の末、丁度休日だった若い友人をなんとか口説きおとして小雨の降る中山ひとつ越し1時間半かけてライヴを聴きにいってきました。

演奏の前半50分は更別在住のパーカッション奏者矢島敏郎さんがリダーの地元ラテンバンドyaji groore(p)D-DECKでした(gi)2 (b) (dr) (conga) (timb)それに(vo)2名の編成でメンバーは更別はもとより近隣の町村から集まっているそうです。
演奏はperのひびきがつよく、gi ,b,pがとんでしまい、曲もラテンだけでなくジャンルがひろすぎたせいかちょっと盛り上がりにかけました。

最後の曲のとき、演奏者が全員退場してvoの矢島さんがカラオケで歌ったのにはちょっとびっくりしました。
このグループ地元の誇りなんですね、200人を超す観客でした。

休憩をはさんで後半の80分、やまぐち きょうこさんの歌、ゲタ夫さんのベース、ギター、ピアノ(D-DECK)パーカションはドラム、前半にも演奏した矢島さんのコンガ、ティンバレスは木村誠さん、saido voにyaji grooveno矢島TERUYOさんで曲はヴォラーレからはじまりました。
やまもと きょうこさんのダイナミックで繊細、情緒ある歌声に感動しましたね。

演奏全体はボーカルを中心にしており、各セクションのアドリブはほとんどなく、バックバンドに徹しており、たたきつけるようなラテンのリズムを期待していたので、物足りなさが残りましたが、アンコールでゲタ夫さんのパホーマンスが飛び出しベースの演奏と、しぼりだすような歌声で舞台の前でステップを踏む観客もあらわれ会場は一気に盛り上がりました。
私もこれで満足したことにします。

帰りの天馬街道、雪と凍結を心配していましたが気温は下がらず小雨のみで無事11時に帰着しました。  運んでくれた若い友人に感謝です。
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by sinanoo | 2008-12-12 17:21 | LIVE
つかのまの小春日和
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身を切られるような寒風、厳しい寒さが増す本格的な冬の到来、その合間にふっとおだやかな日があります。

ぬけるような澄み切った青空、葉を落とした白樺の枝の間から白い雪の冠をのせた日高連峰
が望めます。

牧草もまだ青い葉を残し、馬達もおだやかな陽を背負って走り回っています。それもつかのま、昨日降った雪で一面の白です。

立ち向かって耐える冬があり、訪れる日を待ち望み、楽しむ冬もあります。これからどちらも確実にやってくる季節の顔です。
                   写真 8/1西幌別 日進牧場
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by sinanoo | 2008-12-08 17:28 | つれづれ
私のヒーリング アート(healinng art)
札幌に住んでいた頃は暇をみつけては展覧会や街の画廊を廻り、絵など観て歩きました。
絵についての造詣が深いわけではなく、観ることで気持ちが癒されれたのかもしれません。

仕事に追われて20数年、絵を観ることも、ほとんどなくなっていました。仕事を離れたあと部屋にこもることが増え、テーブルに座って本を読んだり、PCに向かった後ふっと顔をあげると白い壁ばかりで無味乾燥、そこで絵をかけはじめました。

いわば心をなごませ、ストレスを解消させてくれる、ヒーリング アートです。

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 以前友人の母堂が制作したし静物のちぎり絵です。
高齢になってもお元気で頂いた絵は、80歳の後半につくられたもので、たくさんの作品を制作し個展も開催しました。
残念なことに昨年93歳で亡くなられましたが、私の部屋をはじめてかざった大切な1枚です。

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 昨年友人から頂いた、原画はパステルで描かれた「ワンネス ユニティ」という作品で、不思議な雰囲気をかもしだしている絵です。
友人の話によると絵のテーマは「宇宙の光、炎、そして愛」世界平和を願うおごそかな気持、そして宇宙の光は運命の女神ファタンの神秘な光、宇宙の愛は聖母マリアの神聖な光、そして炎は観音様の黄金の炎でそれらが絵に込められているそうです。

宗教画のようにもみえますが、この絵のサイドを検索するとスピリチャルピー(therapy)の理念が根底にあるようで、理解できない面がありますが、この絵をながめていると気持ちが癒されてきます。

私にとっては心をなごませてくれるこの上もないヒーリング アートです。
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by sinanoo | 2008-12-06 19:49 | つれづれ
浦河の神社 (12) 荻伏神社
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国道235号線を札幌方向に進み元浦川にかかる荻伏橋を渡り、右折して道道荻伏停車場線にはいり、さらに進むと荻伏神社せんと交わり左折して大鳥居をくぐると、元浦川地区を一望できる山の中腹に鎮座しています。

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  旧社格 村社 神饌奉幣料供進神社   神社本庁包括神社  

  祭神 大国魂神(おおくにたまのかみ)  北海道国土の神
      大己貴神(おおなむらのかみ) 大国主の別名 国土神
      小名彦神(すくなひこのかみ) 大国主とともに国造りにつとめたが、常世の国へ           開拓に従事する百姓を救うため医薬、禁厭の法、酒造の技を授けたと云う

 明治2年明治天皇の詔により北海道の守護神、開拓の神として札幌神宮(いまの北海道神宮)に祀られたもので、昭和12年(19379)札幌神宮から分霊を受けました。
  所在地 浦河街荻伏438番地
  例祭   春 4月第1土曜日~日曜日 秋 9月第1土曜日~日曜日
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  由緒
大正13年(1924)5月3日御大典記念(大正天皇即位)に荻伏市街吉田宅裏に地域住民の労力と寄付金により記念園としての神社を建立しました。

荻伏村は明治15年(1882)元浦川流域に赤心社の移民83名が移住し本格的な開拓を始めた村で、それまでは和人16人先住民53人と記されており、移民のほとんどはキリスト教徒で明治19年(1886)に元浦川キリスト教会が創立されており。信仰の面からは神社の必要性はありませんでした。

1930年代から政府は神道は宗教ではないとの解釈にたって、憲法で定める「信教の自由」には矛盾しないと強弁して、神社崇拝の国民への強制の度合いが高まってきました。
昭和6年(1931)におきた満州事変、昭和12年(1937)の日中戦争と戦火が拡大するにつれて国家神道は戦争遂行の精神的支柱」として重視されるようになってきました。
荻伏村も政府、軍部の要請で出征兵士の歓送、戦勝祈願に神社の必要性に迫られ、昭和12年(1937)村社造営奉賛会が組織され昭和13年(1938)3月社務所跡地を建立場所と定め村民536人の手で整備し完成、社殿の建設費用も村民から拠出されましたが、建設費用に届かず、見送られました。

軍部が台頭し戦争の気運が高まる昭和16年(1941)社殿の位置を現在地に変えて荻伏神社の創立許可書を内務大臣に提出、同年8月認可されてふたたび住民の労力で整地し、村費を充て着工し同年11月に完成しました。

神社の敷地2町3反4畝(7290坪)は赤心社から寄贈を受けたものです。赤心社はキリストキ教徒を中心にした会社で、キリスト教は1神教で他の宗教と関わることをタブーとしており、この土地の寄贈については、当時の社会情勢からして断腸のおもいでの決断だったとおもわれます。

昭和17年(1942)3月無格社荻伏神社を村社に昇格する申請を内務大臣に提出8月27日に認可が下り、さらに同年9月北海道長官より神饌幣帛料供進神社に指定され、国家神道を担う神社になりました。
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  昭和16年(1941)に寄贈された狛犬、境内に置かれています。

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神社につづくなだらかな参道、ここから元浦川地域が一望できます。

終戦によりGHQの命令により国家神道が廃止されたため荻伏小学校下の地域で管理運営されてきましたが、昭和31年(1956)の浦河町との合併、字の変更、また20年前から人手不足と神社までの距離がながいことを理由に市街地自治会が神社区域から脱退し、現在は元浦川の3自治会で運営しています。
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 祭りにはこども神輿が街をにぎやかに練り歩き、祭りの雰囲気をもりあげています。
こども相撲も行われています。


荻伏神社の例祭と同じ日に荻伏市街地自治会は「市街地祭典」を生活改善センターを催し住民が集っています。

荻伏神社の歴史は激動の日本の政情に翻弄された一面を持っているとおもいます。
荻伏神社は私がたずねた浦河の神社のなかでも神社の持つ荘厳さ、選りすぐりぬかれた神具、ロケーションのよさは3本の指にはいります。
神社信仰とは別に住民が集い、ふれあう場所を神社のなかに求めることも大切なことかもしれません。

  修築
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昭和49年(1974)2月社殿が老巧化したため、荻伏神社改築期成会が結成され、開拓記念園付近に移転を計画しましたが、費用の関係で中止し、篤志家75人の寄付により社殿の大補修を行い、鳥居の移転、急斜面な参道の改修、神社まで通ずる車道の整備、篤志家の寄贈による鉄製の大鳥居を建立しました。


                引用文献  荻伏100年史  風雪栄光の百年









  
           
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by sinanoo | 2008-12-03 21:34 | 浦河の神社