温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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雑木林のなかのcafe
  時が止まっているような、喫茶店(いまどきはcafeと言うんだそうで)みつけました

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 積もった柏の枯葉を踏んで雑木林の中へ。小道からちょっと入ったところに、 平屋の木造の建物がひっそりと建っています、

入り口には店名の看板もなく、「営業中」の表示だけ、店内は白をベースにし装飾品がほとんどない壁、木をそのままつかった梁、オーク調のちょっと大きめのテーブル3台と椅子、ささやくようにきこえる音。

そんな空間のなかに身をおいていると、まるで時が止まっているような、不思議な気分になります。
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額縁をかたちどった窓、ここから柏の木の四季が楽しめるんでしょうね。

手書きのメニュー帳、コーヒー紅茶、手作りのケーキがメインで、日替わりのランチがあります、寡黙な女性オーナーです、この店はオーナーそのものなのでしょうね。

お店の場所は、更別村のどんぐり公園の裏手、国道から200m.ぐらい入ったところです、お店の案内板がほとんどなくちょっと見つけにくい場所です。

独り占めしたい気持ちがあるのでお店の名前はだしませんが、 
 時を止めて、静寂のなかに身をおきたい方は、探してみてください、きっとフアンになりますよ。
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by sinanoo | 2007-11-30 14:38 | 素敵なお店
安芸の宮島  厳島神社 山陽路 (5) 
 日本三景のひとつ、世界遺産に登録されている、神霊の宿る島」として古くから信仰を集めている宮島を訪ねてきました、
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宮島のシンボル大鳥居、観光誌などでは満潮時に、紺碧の海に浮かんだ姿が紹介されていますが、丁度干潮時、砂浜に立つ大鳥居は雄大ですが、なにかきはずかしそうでした、

砂浜をあるいて、鳥居の下にたつと、総高さ16m.主柱の高さ10.9m.主柱の周り9.3m.梁の長さ24.2m.と巨大です、鳥居本体の重量で立っているそうで、その雄大さに圧倒されます、
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厳島神社も満潮時には裾が海水に浸り、すべてが海の上に浮かんでみえる,奇想天外な「海に浮かぶ神社」です、
社殿、拝殿を含め20余の建物が並び、東西195m.の回廊でつながれ、あざやかな朱塗り、檜皮葺きの優雅な屋根、清楚に配置された柱など平安時代に、その極に達した神殿造りは、息をのむような感動をうけました、

祭神は、宗像三女神の市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)・田心姫命(タゴロヒメノミコト)湍津姫命(タギツヒメノミコト)で海の守護神です、
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島のいたるところに神社仏閣があり、豊臣秀吉を祭った神国神社の千畳閣、和、唐様の二つを巧みにゆごうさせた五重塔、
厳島神社のすぐ傍に、厳島神社の修理造営を明治の神仏分離まで、たずさわってきた大願寺、宗像三女神の一人イチキシマヒメノミコトが祀合された、弁財天が祀られています、

天然記念物弥山原始林、の麓にある密教真言宗御宗派の大本山大聖院、明治の神仏分離まで、厳島神社の別当職として祭りを司さってきた名刹です、
安産の神、栗島神社、清盛神社などがあります、

表参道の商店街はお土産通り、漫才師 島田洋七が連発していた”もみじ饅頭”は宮島のもみじ谷のもみじが由来で、宮島が発祥の地だとゆうことを知りました、
以前はこし餡、つぶ餡だけでしたが、抹茶、チョコレート、チーズと多様化していました、

高校野球の広島代表が甲子園で打ち鳴らしている杓子も、宮島の生産で、檜の一枚板で作った長さ7.7m.幅2.7m.重さ2.5トンの巨大な杓子が展示されています、
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宮島の名産 あなごを使った『あなご飯』 甘辛い香りは食欲をさそいます、仙台と並ぶ牡蠣の養殖場、宮島の浮かぶ瀬戸内海には牡蠣のいかだが設置され、新鮮な牡蠣が店頭で炭火で焼いて、焼き牡蠣として並べられていました、
飲食店でも牡蠣料理がメイン、かきフライ、かき酢、焼きがきとかきずくしで堪能しました、

神の島と云われる宮島ですが、島の裏側に戦前、戦中には海軍の基地があり、現在は海上自衛隊の基地があるそうで、表と裏の顔に違和感を感じます、
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by sinanoo | 2007-11-18 14:35 |
広島  平和記念公園 山陽路 (4)
20万人の命と、かろうじて生き残った多くの人々が、いまでも体と心にうけた痛手にくるしんでいます、

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広々とした平和記念公園には、
  あやまちは繰り返さないと誓った 祈りと誓いの碑、
    「原爆死没者慰霊碑」を中心に、

  平和な未来に夢を託した、
    「原爆の子の像」

  資料ひとつひとつに人々の悲しみや怒りが秘められている、
    「広島平和記念資料館」

  母と子の強い絆を感じる、
    「嵐の中の母子像」

  平和えの祈念、死没者追悼空間、
    「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」

  平和の祈りを込めて打つ、
    「平和の鐘」

  ライオンの口からわく浄水、
    「平和の泉」
など平和への祈りでいっぱいです、

 
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    「平和の火」
慰霊碑と原爆ドームの間、平和の池の北側に手首を合わせたような台座があり、その上で聖火が燃えつづけています、

地上から核兵器が消える日まで燃やし続けることを誓い、1964年8月1日に十数宗派から寄せられた(宗教の火) 溶鉱炉など工場地帯から寄せられた(産業の火)を集め点火され、反核の悲願の象徴です、

この火をいつ消すことができるのか、核保有国の身勝手な理屈、核を持った国の傘の下に入り、日本がただ一つの被爆国を認識できないでいる、為政者、
被爆者の怒り、悲しみ、苦しみはこれからもつづくのでしょうか。

   ちちをかえせ ははをかえせ
   としよりをかえせ
   こどもをかえせ

   わたしをかえせ わたしにつながる
   にんげんをかえせ

   にんげんの にんげんのよのあるかぎり
   くずれぬへいわを へいわをかえせ

                   峠 三吉

先日の新聞のコラムに広島に原爆をおとした、B29のポール・テイペッツ機長が92歳で死去したと報じていました、
指揮官としてほぼ一年の準備を重ね「完璧に成し遂げた」。米国では英雄だったのだろう。

爆撃機の「エノラ・ゲイ」は母と同名である。出撃前夜機長が命名した。原爆投下生み出した地獄絵図と母・・・・・。どう考えても結びつかない。      北海道新聞夕刊 (土曜直曲)より



  
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by sinanoo | 2007-11-17 14:26 |
子ども備中神楽  山陽路 (3)
 倉敷阿智神社の秋祭り、神賑で重要無形文化財「子ども備中神楽」が奉納されました、

備中地方(山口県)に古くから伝わる荒神神楽と江戸末期に編纂された、古事記の出雲神話を題材にした、神代神楽が備中神楽を構成しています、

子ども神楽は備中神楽を、次の時代に伝承しようと、子ども神楽の育成指導に取り組んでいるグループによるもので、幼稚園児から中学生までの子供たちが、演じているそうです、
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”トントン トコトントン トコトン”太鼓だけの伴奏で、能や狂言の所作で舞が展開してゆきます、岡山弁での面白い問答あり、大立ち回りありで、以前から持っていた神楽にたいするイメージ「祝辞みたいなものが延々と続き、舞の意味が理解できない」が変わり、子ども神楽のおかげで、わかりやすく、楽しめました、

  大黒さまの舞
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 縁結びの神様、オオクニヌシノミコト 優雅で気品の高い舞でした、
舞の最後に一粒の種より沢山の福がやってくるという、一粒万倍の 「福の種」が大きな袋のなかからまかれました、拾うことができませんでした、残念、福を逃がしたようです、

  恵比寿さまの舞

 商売繁盛の神様として知られるえびすさま、正式にはコトシロヌシノミコトで、海で楽しく鯛を釣っている様子を商売益々繁盛をねがって舞っています、

  鬼退治

 高天原の勅使として二柱の神が、出雲の稲佐の浜でオオクニヌシノミコトと国譲りの談判、コトシロヌシノミコトも交えて相談するが、国譲りに反対するタケミナカタノミコトと大決戦、戦いは激戦をきわめたが、ようやく平定したという神話劇、

  スサノウノミコトの大蛇退治

 高天原から根の国に追われたスサノウウノミコトは出雲の国に舞い降り、そこで老夫婦に出会い8人の娘のうち7人をヤマタナオロチの生贄にとられ、最後のクシイナダヒメまで近く差し出さねばならない、なんとか助けてほしい、とスサノウにお願いしている「おじいさん」と「おばあさん」の岡山弁での、漫才のような掛け合いは楽しめました、

 スサノウノミコトはヤマタノオロチに酒を飲ませ、酔ったところを倒す、という謀ごとを考え、ユーモラスな酒造りの神松尾明神、が八千石の酒を造るように頼まれ出雲からの道中話を面白おかしく、漫才、落語の語り口で楽しくみることができました、

 最後のクライマックス、スサノウノミコトと大蛇の戦いはウルトラマンと怪獣の戦いをおもわせる決闘シーンでした、

 演目は猿田彦命の舞、吉備津能、五行相生などがあります。
 
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by sinanoo | 2007-11-15 16:22 |
倉敷 阿智神社秋季例大祭  (山陽路 2 )
倉敷をたずねた10月20日、倉敷の総氏神「阿智神社」の秋祭りがとりおこなわれていました。

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 阿智神社は「阿智神社がわかる本」(阿智神社編)によると、1500年まえ「神功皇后が三韓外征おり、この付近で深夜に航路を見失われ、航海の神、宗像神にご祈願されたところ、三振の剣が明るく光り輝いてこの山に天降ったため、航路がわかり無事航海されたことから、三体明剣として崇め氏神としていつき紀った」と

神社のある鶴形山には、古墳時代から神が祭られていたことは、境内に神があまくだられる、神聖な盤石を中心にした自然石の一群、天津盤石(アマツイワサカ)あることでもわかります、

元宮は福岡の宗像大社で、阿智神社の主神はアマテラスオオミカミの子神、”タギリヒメ””タギツヒメ””イチキミヤヒメ”の「宗像三女神」で航海、商業の神です、

倉敷は以前阿知とよばれており、これは日本書紀によると、渡来人阿知使主の一族の技術集団から、「たたら製鉄」の技術のみならず、いろいろな文化、生産技術を伝授され、
先進の文化を享受した住民は、渡来人に敬意を表すため、阿知と呼ぶ様になった、と記されています、

阿智神社の本殿は、1869年に造営されたと伝えられており、妙見宮とよばれていました、

1869年、神仏分離令を受け阿智神社と改称し、1910年に周辺12の社を合祀し、倉敷の総氏神として人々信仰を集め現在にいたっている、とされています。


歴史に彩られた阿智神社の秋祭り、街中祭り一色でした、
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宵宮、夕方6時からの
神賑いで伝統芸能が奉納されるというので、250段の石段をやっとのおもいで駆け上がり、境内につくと、広い境内に多くの店が出店し賑わいをみせていました、

能楽堂では「宗像三女神」を讃え乙女が三女神にふんし、舞を奉納、倉敷天領太鼓、こども備中神楽の奉納と、夜遅くまで賑わっていました、

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往時の町並みを色濃く残す、本町から東町の各家では、軒先に提灯をさげ、通りに面した格子戸をはずして、屏風をかざり、花をいけて人々をもてなしていました、

本宮、御神幸は神輿を中心にした時代行列です、
道中各所で御神幸神輿をゆらし、その下をくぐりぬけて、おかげを頂く「みたまふり」という珍しい行事がありました、神と氏子の信仰えの交わりの深さを感じました、

大八車に太鼓をのせた「夫婦太鼓みこし」「倉敷千歳楽」が賑やかに街中をねりあるいていました、

旅の日程に追われ、ゆっくり祭りを堪能することができず、心残りでしたが、街全体が祭り一色に染まるこの秋祭りは、ながい歴史にうらうちされたものなでしょうか、

次は秋祭りをめあてにきたいものです。
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by sinanoo | 2007-11-12 17:53 |
倉敷 街 大原美術館    山陽路 (1)
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 倉敷は不思議な魅力を持った街です。

倉敷川畔を中心に情緒あふれる町並みがつづいています、文字どうり蔵のある街、川の周辺には大原美術館の工芸館東洋館、考古学館、民芸館など古い建物を使った展示場が軒並み建っていて、天領だった江戸時代の雰囲気を再現しています、

倉敷川にかかる今橋を渡り、大原邸を過ぎると狭い道路の両側に白壁がつづき、歴史を満喫できる散策路です、さらに鶴形山公園に通じる本町には、伝統工芸の店が点在しています、
 今橋は、大原美術館の絵画を収集した画家児島虎次郎のデザインによるものです、
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大原邸の夜景
 
倉敷の街の発展は、明治22年に倉敷紡績を設立した、大原孝四郎、人造絹糸の開発に成功し倉敷紡績のめざましい発展へと導いた、大原孫三郎の尽力によるものと云われています、

大原孫三郎は「富の社会還元」という理想を抱いていたといい、農業研究所、労働科学研究所、総合病院などを設立、1930年(昭和5年)孫三郎の依頼をうけ、三回の渡欧で絵画を収集買い付けをした、児島虎次郎の死を悼み日本最初の私立西洋美術館として、大原美術館を開館しました、

明治以降の倉敷は西洋建築の時代、西洋風な赤レンガの倉紡の倉庫群、大原美術館本館のギリシャ神殿風の建物、中国銀行本町支店の重厚さは当時の西洋建築の、代表作といはれています、

大原美術館

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ギリシャ神殿を思わせる本館、入り口でロダンの彫刻 ”洗礼者ヨハネ” ”カレーの市民”が迎えてくれます、入場料大人1000円で本館、分館、工芸館東洋館が当日繰り返し何回でも入場できるというものです、

本館には、 モネの ”睡蓮” ユトリロの ”パリ郊外ーサン・ドニ” ゴーギャンの ”かぐわしき大地” ルノアールの ”泉による女” ピカソの ”頭蓋骨のある静物” セザンヌの ”風景” 圧巻はフランスの文化省がぜひ買い戻したいとした、エル・グレコの ”受胎告知”、
 世界の巨匠の絵画がさりげなく展示されています、 (私が楽しみにしていた マネの”薄布のある帽子をかぶる女”が貸出中でした、残念!)

好きな絵は、一回だけの鑑賞では物足りません、時間をおいて繰り返し鑑賞して堪能する、この入場システムは親切ですね、

分館は本館とはうってかわり近代的な建物で、大原総一郎の代になって収集され、日本、西洋の現代絵画を主に展示されています、

藤島武二、青木繁、藤田嗣冶、関根正二、梅原龍三郎、安井曾太郎、満鉄五郎、などの日本の洋画家の作品や高村光太郎、萩原守衛などの彫刻、地階には山口長男、斉藤義重などの現代美術が展示されています、

前庭にはロダンの「歩く人」 ムーアの「横たわる母子」の彫刻が展示されています、

工芸館東洋館は米蔵を改装したもので、浜田庄司、バーナード・リーチの陶芸、棟方志功の仏像をテーマにした木版画、芦沢銈介の染色、児島虎次郎の収集を中心とした東洋の古代美術品が展示されています、

本館の裏手にある新渓園、近江八景を模したという池を配置し、木立のなかに広がる和風庭園のなかに、休憩の場所として利用されている、敬倹堂,遊心楼があり、私に訪れた日、茶会が催されており一服いただいてきました、お茶を習っているという中学生、高校生がお運び役、緊張したおももちと、ぎこちなさが新鮮でした、

歴史をかさねた街、倉敷、土地の人によると倉敷川の柳が芽をふく春先が一番いい時期ですよとのことでした、
もう一度、ゆっくりたずねてみたい街のひとつです。
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by sinanoo | 2007-11-07 14:29 |