温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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カテゴリ:うらかわ いろいろ( 49 )
西舎の桜 浦河桜まつり
3千本の桜が3㌔にわたって淡いピンク色のトンネルをつくる、浦河西舎優駿さくらロードの桜並木が浦河桜まつりに合わせるように14日満開になりました。

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1㌔にわたってライトアップされた幻想的な夜桜


    第44回浦河桜まつり

5月14.15日。浦河桜まつりが昨年まで開かれていたJRAの広場からアエルの中庭に会場を移し開催されました。

14日は冷気と小雨が降り続くあいにくの天気で花見客もまばらでしたが、15日はくもり、雨の予報がはずれて晴天。気温も10℃をこえて1万人をこす花見客が会場を訪れました。

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桜並木から400㍍入った会場には桜はありませんが、起伏のある地形と広場、既存の建物を組み合わせた会場の雰囲気は好評でした。

会場では中条きよしの歌謡ショー、太鼓の競演、ヒプホップダンス、熟年女性によるフラダンスなどのアトラクションにステージの前に多くの観客がつめかけました。
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浦河産のウニの知名度を高めようと殻付ウニ(1㌔)を桜ウニの名称で440袋用意しましたがあっというまに完売しました。
桜ウニってなに? バフンウニでしょう。妙なネーミングですね。

かに汁の無料サービスもおこなはれ、会場は大賑わいをみせ売店には長い列ができました。
     アエルの風景

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アエルの人気の一つポニーの乗馬体験。ポニーの背で嬉々とした子供達の表情が印象的でした。
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アエルの広い敷地に広がるゆったりとした風景

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敷地の中を流れる小川。
こぶしが満開です。


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満開の桜が点在するパークゴルフ場。
18ホールが36ホールに。
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by sinanoo | 2011-05-16 21:52 | うらかわ いろいろ
浦河神社例大祭
浦河神社の例大祭が18日~20日の3日間行なわれました。

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今年は祭の賑わいをさらに盛り上げようと露店も昨年より多い15店が並び、参詣に訪れた親子ずれなどで賑わいをみせていました。

  浦河神社神輿渡御
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  神輿は社殿で神魂を入魂する神事が執り行われ、190の石段を担ぎ降ろして車にのせて神社を10時に出て神話で語られる天孫降臨のさい、ニニギノミコトを出迎えて道案内をしたという、異様ないでたちをした猿田彦を先頭に堺町から向別、大通を経て東町、常盤町と5時間かけて渡御し、神が氏子の暮らしを見て歩きました。

  渡御行列e0104596_17398.jpg
稚児行列 少子化流れで途絶えていた稚児行列が10数年ぶりに復活しました。
フレンド幼稚園の可愛い園児24人が着慣れない衣装に身を包み小さな烏帽子を頭にのせて、渡御行列の先頭を1.5キロを沿道の声援を受けて歩きました。

みんな疲れたようです。お疲れさまでした。

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行列の最後に子供みこしが元気一杯です。
 旅どころ
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4丁目自治会館のまえに祭壇を設け4丁目商店街の会員が待ち受け、神官が祝詞をあげて商売繁盛を祈願しました。
  海上渡御
午後3時、浦河港漁組前の埠頭についた神輿は。50数年ぶりの海上渡御をみようと集まった町民200人に見守られながら、町内のみこし会「粋麗」の手によって丸十漁業所属の「第16龍光丸」に移されて三協水産所属の「漁吉丸」と共に湾内を30分かけて3周し豊漁と安全を祈願しました。
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浦河郷土博物館所蔵の昭和30年ごろの海上渡御の写真には神輿と共に神官、総代、氏子も同乗しています。
今回は海上保安庁が海難事故を懸念して神輿と乗組員以外の乗船を認めなかったそうです。
神官は神輿に宿る神の声を伝える大切な役目があり、神官がつきそはない渡御は神事とは言えないのではないでしょうか。
  粋麗 神輿
よる6時から「粋麗」のメンバー100人による神輿が大通を練り歩き祭りは最高潮に達しました。
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浜町通りでは大通と堺町の山車、粋麗の神輿が合流して歌、餅蒔き。振舞い酒と通りを埋めつくした町民は祭を堪能していました。

祭が終わると浦河は秋です。  
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by sinanoo | 2010-09-21 20:23 | うらかわ いろいろ
実りの秋 はさ掛け(稲架掛け)
浦河西舎の数少ない稲田の刈り入れが始まり、あまり目にすることが出来なくなった「はさ掛け」が姿をあらわしました。

機械化がすすみ、稲を乾燥させることなくコンバインで根元から刈り取りとって籾だけをとりだしますが、ここでは1反歩の稲田を小型の稲刈り機が回転出来るように稲田の四方を手作業で刈りとり、中央部を機械で刈りとり、小束に束ねて組み上げた稲架にはさ掛けし天日で乾燥したあと脱穀して籾にします。e0104596_19322562.jpg
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はさ掛けにすることで稲藁をとることことがでこます。
この稲藁はいまでは手に入れることが困難になってきています。

馬産地の浦河では以前は馬房には寝藁として使われていましたが、いまでは牧草に変わっています。
農作業でも乾燥を防ぐためや雑草避けに使われ、土に返る素材として重宝されてきていましたが一般にはホームセンターなどでしか入手できなくなっています。

 稲作 稲藁についての思い出
私の生家は信州の片田舎で自家米として100坪前後の棚田3枚で稲作をしていました。
5月の初めに苗代を作り、苗を育てます。田んぼを起こして水を入れ牛を使って代かきをして、家族や近所の人手をかりて一本々苗を植えつけます。

稲が生育してくると大変なのが除草で素足で水を張った水田に入り稲の葉で目を突かないように細かい金網を張った面をかぶり、這いつくばって稲と稲の間を手で除草します。

秋の刈り入れはギザギザのついた鎌で一株々刈りとり小束に束ねて稲架にはさ掛けして天日で乾燥させます。
乾燥させたのちに足踏みの脱穀機で実をおとして唐蓑(とうみ)で籾だけをより分けてさらに乾燥させて保管し、必要な量だけ精米してたべていました。

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  足踏み脱穀機
生家に保管されています。
わたしの生まれる前からのもののようで、80年以上前のものかもしれませんが懐かしさの反面、辛かった農作業を思い出します。

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 唐箕(とうみ)
脱穀した籾を上からいれて手回しで空気を送りこみ藁くずなどな軽いもの吹き飛ばして籾だけを取り出す機械です。


 稲藁(いなわら)
稲藁は農家の冬場の仕事の材料でした。
雪が降り農作業が休みになると稲藁で敷物にする(ござ)、滑り止めに使う(むしろ)米を入れる(俵)縄などいろいろなものを作っていました。

わたしも小学生の頃から正月の注連飾り、いまでは民芸品扱いの藁草履、山仕事に使うわらじなどは木槌で藁を叩いて柔らかくし、足の寸法に合わせて何足も作ったものです。

素足ではいても温かみのある藁草履、齢を重ねたせいか奇妙に懐かしさをおぼえます。
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by sinanoo | 2010-09-16 20:32 | うらかわ いろいろ
イカがやっと来た
浦河港の夏イカ漁がやっと始まりました。e0104596_2203142.jpg
夏イカ漁は例年7月中旬からはじまり、8月のお盆前までには外来船が集まり浜は大きく賑わいますが、今年は海水温が高くその影響でイカが回遊せず水揚げはまったくありませんでした。

お盆にはいった14日地元のイカ船が今年はじめてのまとまったイカを水揚げし、お盆が過ぎた17日にようやく発泡箱、加工用の木箱合わせて130箱を水揚げして、好転のきざしが見えてきました。

翌18日には浦河港でのイカ漁の好転の情報を受けて、青森、函館、山形などから外来船が集まり3000箱を水揚げして遅れていた夏イカ漁がスタートしました。

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集結したイカ船

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積み上げられた発泡箱

今日20日、港には40隻をこす外来船が7時のセリにむけて水揚げをし、やっと港も活気ずいてきました。

夏イカ漁の出遅れは町の経済にも影響を与えています。
外来船が利用する食料品店、飲食店、重油など燃料を供給する燃料店など多岐にわたります。

港で水揚げされたばかりの新鮮なイカを献立の柱にしていた飲食店も好転したイカ漁に安堵しています。

これからも水揚げが順調ですと外来船がさらに集まり、浜は活気ずきいままでの遅れを取り戻せるでしょう。
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by sinanoo | 2010-08-20 22:55 | うらかわ いろいろ
咲かない桜 浦河桜まつり延期
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桜の開花が遅れている浦河西舎の優駿さくらロード。
8日、9日に開催予定だった浦河桜まつりが1週間遅らせ15日、16日に変更になりました。

花より団子とはいいますがやはり咲き誇る桜の下での団欒。これが一番でしょう。

ところで気になる桜の開花は、気象協会の予想が14日開花ウエザーニュースが11日開花でこのまま行くと満開の桜の下での桜まつりになるでしょう。
あとはお天気だけですね。
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by sinanoo | 2010-05-01 13:00 | うらかわ いろいろ
立春 浦河
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立春 浦河の日の出
-10.7℃寒風のなか太陽の光が凍っているようにも見えました。


季節の分け目の節分が昨日、今日2月4日は冬至と春分の中間に当たる24節気のひとつ立春です。

唱歌早春賦「春は名のみの風の寒さや・・・・・」立春といえども名ばかりの節目です。
寒気が流れ込み日本中が冷え込みました。
アメダスをみると浦河市街では午前7時-11.9℃浦河で一番寒い中杵臼で-26.6℃まで下がり今年一番の冷え込みでした。

暦の上では大寒から立春までが一番寒い季節で、立春は寒さの頂点でこれから寒さもすこしづつ緩みはじめて春の気配が忍び寄ってきます。
これからの冷え込みを「余寒」といい寒さの余りと呼ぶのは、春を待ちわびる気持ちからでしょうか。

浦河港に行って見ました。10年前今年と同じような寒波で港が全面結氷し、漁船が氷に閉じ込められて砕氷船が出動する事態になりました。
今年はこの寒波にもかかわらず例年と同じ、岸壁付近に蓮状の氷が浮いている程度でした。

海水温が高いのでしょうか。

防波堤に上がりはるか水平線を望むと、かすかに春の色が見えました。
手招きして「早く来いよ」と叫んでしまいましたが、余りの寒さに幻影をみたのでしょうか。

氷がとけたら何になる? テストである子が「水になる」ではなく「春になる」と答えたという話は、ほほえましく話題になりました。
先生は正解にするか迷ったそうですが、私なら三重マル、いや五重マルですね。

「春よ来い 早く来い」
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by sinanoo | 2010-02-04 17:30 | うらかわ いろいろ
浦河神社 節分
2月3日は節分。季節を分けるという意味で各季節の始まりの日「立春、立夏、立秋、立冬」の前日を節分といい、立春の前日を江戸時代から節分というようになったと云われています。

節分の豆撒きは中国から伝わったものと言われ、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、豆をぶつけることで邪気を追い払い1年の無病息災を願うものです。

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浦河神社の節分豆撒きは午後4時から拝殿で行われ、おやごさんにつれられた子供たち50人が集まって神官からお払いを受けた後、神前に供えられていた大豆、菓子、みかんなどが神主、禰宜の「福は内、鬼は外」の掛け声で撒かれました。
子供たちは親の見守るなか嬉々として拾い集めていました。

浦河神社で撒かれた豆は外では落花生が多い中で正統派の炒った大豆(昨年の邪気を祓うのですから芽が出たら困るので)でした。

撒かれた豆を歳の数より1つ多く食べると健康に過せるといわれていますが、私など70近く食べるのは至難の業で大豆が原料の豆腐に変えようかと思っていますがどうでしょうかね。

浦河で参詣者を招いて節分の豆撒きを行う寺社は浦河神社、鱗別稲荷神社、円久寺、妙龍寺、です。

寺社が同じ祭事を行うことはあまり例がなく節分が江戸時代から行われていることかとから神仏習合の時代からの流れかもしれません。
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by sinanoo | 2010-02-03 21:19 | うらかわ いろいろ
ふなだまさん (船霊 船玉 船魂) 
正月11日はふなだまさん浦河の港は繋留された多くの船が日の丸、屋号や大漁旗を掲げて、海の守り神、船霊を祀る船霊祭を行い海の安全と豊漁を祈願しました。
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船霊とは海の民が航海や漁の安全を願う海の守り神で「板下一枚は地獄」と云われる漁なので、船を新造して海に下ろすときに船を造った大工の棟梁が、帆柱の下に漁の安全と豊漁を祈願して船霊を祀ります。

御神体を置くときは男女1対の紙人形、銅銭、女の毛髪、賽2個等で魔よけお守りの役目をはたすとされていますが、目にふれることはありません。
近年では寺社から御札を授かり機関室に納めることが多いようです。

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船霊祭は古くは船主の家に乗組員が集まり神事のあと宴が開かれ、そのあと繁華街にくりだしたものですが、最近では街の飲食店で会食したり、温泉に行ったり、乗組員に料理の折詰、酒や菓子などを渡して各家庭で祝うようになってきています。

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船霊信仰は邪馬台国の女王卑弥呼が魏に使節を送るときに持蓑と呼ばれる男を乗せて海の神船霊の祀り役としたとされ、古代からの信仰であったとおもわれます。

この神は女神であるとされ、女性が一人で船に乗ると憑かれたり、海が荒れたりするといわれ、その場合は一度船に乗ってすぐに降りてまた乗ると平穏な航海やできるといわれています。

左上の神社は先年訪れた大阪の住吉神社の摂社船玉神社です。
船霊神の由来ははっきりしませんが、住吉三神のながれを受けているのではないかと考えています。
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by sinanoo | 2010-01-12 09:30 | うらかわ いろいろ
新春の浦河神社
例年1月2日、250人を超す参拝者が訪れて101の石段を勇壮に駆け上がり人馬ともに参拝する騎馬参拝をはらはらしながら見守っていましたが、今年は西舎神社に変わりました。

今年は寒風吹き荒び、小雪が吹き付ける山裾に静かなたたずまいのなか、参拝者が三々五々訪れていました。

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騎馬参拝が西舎神社に移されたことで初売りの2日、街の賑わいにも影響がでているようです。
周辺の商店主によると「悪天候のせいもあるが、例年に比べて来客数が減っている」そうで2日のイベント騎馬参拝の中止が賑わいに影響しているようです。

神社のお話では「悪天候のせいで参拝者の出足は悪いが、3日は天候も回復しそうなので例年並の参拝者が見込まれる」とのことでした。

浦河神社の騎馬参拝の中止は騎馬参拝に対しての神社側と実行委員会の思惑の違い、いまになって考えると10年前に実行委員会ができた時点で、双方が抱える問題点ぶつけあって解決していれば中止ということにはならなかったのではないかと思います。
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by sinanoo | 2010-01-03 00:01 | うらかわ いろいろ
今年の騎馬参拝 「西舎神社」
例年1月2日浦河神社で行われていた101の石段を人馬一体になって勇壮に駆け上がる騎馬参拝、今年は浦河神社から「参拝者の妨げになる」として正月3が日の使用を控えるよう要請されたため、西舎神社に会場を移しおこなわれました。

西舎神社には石段がなく、駆け上がりは姿を消しました。

日高育成牧場を出発した乗馬愛好家が乗るサラブレット、ポニー少年団が乗るポニー21頭が軽種馬育成センター、うらかわ優駿ビレッジアエル、ピスカリの森を経ての約7キロを車両が通る道路をさけて、雪が積る小道を南下し1時間かけて西舎神社に到着しました。

純白な雪の中を進む様は浦河の自然、雪景色のなかにすっぽりとけこんでファンタジックな風景です。 e0104596_20334321.jpg
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参拝を待つポニー少年団の人馬e0104596_2040509.jpg
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参拝する人馬e0104596_2045782.jpg
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騎馬参拝が行われた西舎神社
明治43年(1910)に創祀された神社です。

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100年の歴史をもつ騎馬参拝は明治後期に西舎神社地域の農家が始めたといわれ、浦河神社での駆け上がりは戦後から行われるようになったもので、馬産地浦河の恒例行事となりその映像は全国に放映されて広く知られるようになりました。

この行事は神事ではなく、有志によって行はれており10年ほど前からは町内のポニー少年団の保護者らが実行委員会をつくり主催しています。

以前は神社の鳥居の前に「下馬」という標識が立てられており、馬から降りて参拝するのが慣わしでした。現状では騎馬参拝はイベント的な要素がつよく、北海道では帯広神社、凾館八幡宮でもおこなわれています。

浦河神社の騎馬参拝もまた駆け上がりを目当てに来る参拝者が多いとおもいます。
観光的な要素か神道の慣わしに沿った参拝か、見解が分かれるところですが、長く続いた浦河神社の騎馬参拝がなくなったことは寂しいかぎりです。

今年の西舎神社での騎馬参拝は原点に返ったという意味で受け入れられるとおもいます。
「100年続かないと伝統とはいえない」と云われていますが、浦河の伝統行事となるように、行政も「信教の自由」は原則ですが、隙間をぬって応援してほしいものです。

2009年 浦河神社騎馬参拝
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by sinanoo | 2010-01-02 17:47 | うらかわ いろいろ