温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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 アイヌの神々 遠山サキさん
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姉茶に住むアイヌのフチ遠山サキさんを訪ねてきました。

サキさんは野深で生まれ、姉茶に嫁ぎ子供の頃から激しい差別のなかで育ちながら、アイヌ伝統文化の伝承に力を尽くして、現在でも全国に出向いてアイヌ文化を紹介し、多くの功績を残しているアイヌ文化伝承の第一人者です。

訪ねたのはブログ「浦河の神社」で取り上げた姉茶神社に鎮座するアイヌの神を祀る祠「もう一つの姉茶神社」のお話を聞くことと、野深白龍神社で行なはれていたという「イオマンテ」の儀式のお話を聞き、アイヌの信仰をすこしでも理解できればと思ったからです。

アイヌの人々が祀るもう一つの姉茶神社
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この祠の創祀ははっきりしませんが、姉茶神社の現在地への移転が明治44年(1911)年ですからそれ以降とみられます。
この祠は東栄に住んでいた占い師友田某が祠を建て明星大善神(星の神)を祀ったのが始まりとされ、以後水の神竜神(ワッカウシカムイ)馬頭観音が祀られています。

アイヌの人々の信仰は縄文時代から日本古来の神、自然崇拝、精霊崇拝つまりすべてのものに霊魂や霊がやどっているという「アミニズム」です。

遠山サキさんは以前は多くのコタンの人々が先祖を守ってくれた神を敬い、参拝していたのにいまは参拝していた人々が高齢で多く死んでしまい神社の手入れもおろそかになり、コタンもなくなってしまったので参拝者も少なくなってしまったと嘆いていました。

春、秋の礼祭は神に奉げるイナウ造りから維持、管理までいまでは遠山サキさんと家族だけでおこなっているそうです。

自治会から寄付の申し出がありましたが「アイヌの神々を祀る神社だから、アイヌが守る」というアイヌの誇りから断ったそうです。

サキさんはいま子供達は「うるさい年寄りがいるからといって手伝ってくれるが、私が死んだら神社の面倒をみてくれるだろうか」と笑いながら話していましたが、サキさんの思いは子供さん達に伝わり、アイヌの守り神として敬まわれてゆくことでしょう。

野深 白龍神社のイオマンテ
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白龍神社は現在地に移る前は現共栄産業の裏手の大きな木の下にあり、祭りには野深、姉茶はもとより浜からも多くのアイヌの人々が集まり、にぎやかな祭りだったそうです。

アイヌの伝統儀式熊送り「イオマンテ」はサキさんが12・3才頃(60数年前)まで行なわれていたようです。

冬ごもりしている間に生まれた小熊を探して親熊は殺しますが、小熊は家に連れ帰って子供と同じように育てて時には母乳も与えるそうです。
サキさんは「小熊が木に登ったり、じゃれついたり、人のあとをついて歩いたりしてそれは可愛いものでしたよ」

1~2年育てたあとイオマンテの儀式で祭りの輪のなかで矢を放ち、2本の丸太ね首を挟み息の根を止め、人々はカムイへの感謝の歌や踊りを踊り、祭りのためにアイヌの家々を回って集めた米で作ったシト(団子)トノト(濁り酒)ヤナギの木を削いで作ったイナウを大量に奉げユーカラを語ります。

サキさんは「家族同様に育てた小熊が殺されるの見る事は忍びなく、涙が出て顔をそむけたものです」と語っていました。e0104596_0482243.jpg

60数年まえに行なわれた「イオマンテ」
2頭の小熊も写っています
        遠山サキさん所蔵


殺された熊は皮をはぎ肉をとり熊の形を整えるそうでサキさんは「狩猟民族だから出きるんですよ」といっていました。

解体した肉は大きな鍋に入れて団子と共に煮込んで人々にふるまわれ、アイヌの人々はもとよりシャモ(和人)の人達も集まって来たとサキさんは語っていました。

イオマンテの儀式は3日間にわたって行なわれ「残酷だから」と道の条例でしばらくの間禁止されていましたが2007年に撤回され再び行なわれるようになりましたが、1日と短縮され、本来の祭りの姿は失われているようです。

イオマンテを信仰面からみると熊の姿を借りて人間の世界にやって来たカムイを1~2年間大切にもてなして見送りの宴を行って、神々の世界にお帰りいただくものと考えられます。

熊の肉や毛皮はもてなしのお礼としてカムイが置いていった置き土産であり、みなでありがたく頂くというわけで、人間の世界で大事にされた熊のカムイは天界に帰った後も再び肉と毛皮を携えて人間の世界を訪れるといいます。

                     遠山サキさんからの聞き取り 
参考引用文献   Wikipedia
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by sinanoo | 2010-02-10 23:42 | 浦河の神社
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