温泉めぐりと神話への旅 
by sinanoo
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浦河の神社 (17) 姉茶神社
元浦川の右岸に広がる姉茶地区、道々静内浦河線から山側に折れて姉茶東栄1号線にはいり姉茶川を渡り緑の樹木に囲まれた小高い丘の中腹に鎮座しています。

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          姉茶神社 (アネチャジンジャ)

         創  祀   明治32年(1899) 4月
         祭  神   天照大神

         所在地    浦河町字姉茶538番地
         社  殿    3坪
         敷地面積   300坪
         社殿様式   流造
         例  祭    春 4月13日  秋 9月第2土曜日

           由緒  
明治32年(1899)4月 当時野深神社の氏子でしたが、開拓の進展とともに移住者が増えて人口が430人をこえ、住民の心のよりどころとして、また明治31年(1898)浦河支庁管内に徴兵令が施行され兵役に赴く兵士の歓送、戦勝祈願のための神社の必要性ともあいまって野深神社から分神を受けて、富岡牧場の東側の村有地に建立されました。

明治44年(1911)4月 現在地に300坪の敷地を選定し、住民の手で社殿を担ぎあげて移転しました。

大正15年(1926)9月 拝殿を新築し住民の集会など使われていましたが昭和13年(1938)10月に青年会館建てられ、拝殿が老巧化したこともあって取り壊されました。

昭和45年(1970)9月 社殿が老巧化したため住民から寄付を募り3坪の社殿を新築しました。e0104596_12392933.jpg


昭和52年(1977)鉄製の鳥居を住民、篤志家の寄付で建立しました。

例祭当日は住民が神社下にある姉茶生活館に集まり祭りを楽しんでいます。
神社の維持、運営は自治会が行っています。

       アイヌの神々を祀る もう一つの姉茶神社
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姉茶神社の境内の右奥に明星大善神(星の神、夜明けの神)を祀る神社があります。
合わせて水の神竜神(ワッカウシカムイ)、姉茶に住む仏師堀敏一さんの彫った馬頭観音も祀られています。
自然の神を崇めるアイヌのコスモロジー(世界観)をみることができます。

明治30年頃には姉茶に多くのコタンがあり39戸180人のアイヌの人々が暮らしていました。

姉茶に住むアイヌのフチ遠山サキさんは「姉茶神社は私の聖地です。昔は多くのコタンの人々が先祖を守ってくれた神を敬い参拝していたのに、いまは参拝する人が高齢のため多く死んでしまい、神社の手入れがおろそかになっている」と嘆いています。

例祭は姉茶神社の例祭に合わせてアイヌの人々によって行われています。

例祭当日明星大善神ののぼりが奉納されていました。自治会役員の方が「何年かぶりにみるのぼりだな」
といっていました。神社の賑わいがもどるのでしょうか。

     姉茶のこと
姉茶はアイヌの聖地として崇められた「ポロシリ」(幌尻岳)。その頂きに連なる日高山脈の水系にある元浦川の右岸に位置しています。

姉茶の奥地には沢が多くあり昔アイヌの人々は魚を常食としていたために川を渡る舟を造るため良質の木材がある沢の奥にコタンを形成していました。

この地を訪れた松浦武四郎の記した日誌によれば「寛文年間に金を掘り起こし跡多し、また此山盛んなる比には金丁共も余程この辺に移住し、畑を開きし由、今その畑跡多し」と記されておりこの地が天恵豊かな地であったものと思われます。

明治13年(1880)青森県から移民が開拓に入り、明治15年(1822)に赤心社の開拓団が元浦河に移住、姉茶地区に10戸がはいりました。
明治19年(1886)赤心社牧場が野深、姉茶にまたがる400万余坪の広大な規模で開設され、姉茶には牛牧場、野深には馬牧場がおかれました。

明治24年(1891)には越前大野より25戸の移住があり、以後大野からの移住者が増えてゆきました。

明治37年(1904)4月 旧北海道土人保護法が制定され、アイヌ民族の農耕民化と教育による同化のため、「特殊アイヌ学校」(通称 旧土人学校)姉茶尋常小学校が設立され昭和12年(1978)6月30日同法の改正により野深小学校に合併されました。

昭和13年(1938)1月 字名改称で姉茶は瑞穂(元浦川の左岸旧西姉茶)姉茶、富里にわかれました。

昭和22年(1947)農地改革が行われ大地主だった赤心社の土地が小作人に売り渡され、自作農とし農耕の道を歩みはじめました。

       参考引用文献    浦河町史
                    遠山サキさんの項 Hatena Key Word 「GIJI-NOTO」












    

    
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by sinanoo | 2009-10-10 23:39 | 浦河の神社
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